クリス・カスペルスキーという優秀なロシア人のエンジニアについて

ご無沙汰しております。マリアです。今回はとても悲しい投稿です。ロシアの天才エンジニア、クリス・カスペルスキーが先月(2017年2月)亡くなりました。ところでアンチウイルスソフトウェアの開発者は同名字ですが、別の方です。クリス・カスペルスキーは優秀なエンジニアですが、彼が実際にどんな人物だったのかを知る人は少ないと思います。今回は彼の生涯についてお話します。

幼年期と青年期

クリス・カスペルスキー(本名はニコライ・リッハチョフ)は1976年に南ロシアの田舎に生まれました。赤ちゃんの時の医療ミスで自閉症を患いました。7歳の時初めてラジオを自作しました。小学生(ロシアに7〜10歳)の時ブルガリア製のパソコンを使って最初のゲームを開発しました。プログラミングに嵌っても学校の成績は卒業するまで「オールA(最高評価)」でした。高校を卒業して大学へ進学しましたが、プログラミングをする時間がなくなったため、大学を退学しました。

 

彼の論文と出版物

カスペルスキーが雑誌に論文を発表したのは、何と高校生の時でした。しかもテーマはコンピューターではなくて天文学に関するものでした。22歳(1998年)の時からFidoNet上で様々な記事を発表し続け、1999年それがきっかけであるコンピューター関連の出版社の目にとまり、ハッカーについての本が出版されました。そして2008年まで合計16冊もの本が出版されました。「ITセキュイティ」や「プログラミングの最適化」などのテーマがメインで、自著やトップクラスのIT雑誌のためにたくさん記事を書きました。

 

アメリカへ生活拠点を移す

2008年6月にアメリカにある会社Endeavor Securityに入りましたが、自閉症だった彼は家に引きこもって勿論地元も離れられなかったのでリモートで仕事をしていました。ですから2008年に彼がアメリカに引越したことは多くの人を驚かせました。アメリカに移り住んでから自閉症を克服し、国際会議でスピーチしたり、スカイダイビングや射撃競技などのスポーツに嵌っていました。

Kris Kaspersky (Wikipediaより) CC BY-SA 4.0

残念なことに2017年2月にスカイダイビングの着陸に失敗し一週間後に亡くなりました。短い人生でしたが、彼の素晴らしい功績は世界中の多くの人に讃えられています。